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渋谷簡易裁判所 昭和44年(ハ)407号 判決

原告 近藤喜代次

右訴訟代理人弁護士 安藤章

被告 犬童眸

右訴訟代理人弁護士 野島豊志

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

当庁が昭和四四年(サ)第一四五〇号強制執行停止申請事件につき、同年一二月二四日にした決定はこれを取消す。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

一、当事者双方の求める裁判

1、原告

原告と訴外松永七五三太間の渋谷簡易裁判所昭和三四年(イ)第二〇七号家屋明渡和解事件の和解調書正本に基く強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。旨の判決。

2、被告

主文第一、二項同旨の判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、当事者間に争がない事実

1、被告から原告に対する債務名義として、渋谷簡易裁判所昭和三四年(イ)第二〇七号家屋明渡和解事件につき、同年一〇月九日成立した和解調書が存在し、右調書には「原告は訴外松永七五三太に対し昭和三四年一一月一五日限り本件建物を明渡す」趣旨が記載されていること。

2、原告は右訴外松永を被告として本件債務名義による強制執行不許を求める旧請求異議訴訟を渋谷簡易裁判所に提起したが、被告は昭和三九年五月四日本件建物の所有権を譲り受け、その旨の登記手続を経て本件債務名義に承継執行文の付与を受けたので右訴訟に引受参加し、該訴訟は原告の請求棄却の判決があり、次で原告は控訴したが昭和四四年一一月二六日控訴棄却の判決云渡があり、一旦上告したが同年一二月二四日右上告申立を取り下げて該訴訟は終了し原告敗訴の判決が確定したこと。

3、なお原告は右控訴申立と同時に、本件債務名義に基く強制執行停止決定の申立をして、東京地方裁判所よりその旨の裁判を得たが、昭和四四年一一月二六日右執行停止決定を取り消す旨の判決云渡があり、被告は原告に対し昭和四四年一二月九日本件債務名義に基き本件建物明渡の強制執行に着手したこと。

二、原告の主張に基く認定

1、原告は本件建物明渡請求権は本件債務名義の成立した昭和三四年一〇月九日、または本件建物明渡期日である同年一一月一五日より一〇年間の権利の不行使によって消滅時効が完成して消滅した旨主張するので次に判断する。

(一)、≪証拠省略≫を総合すると、原告は訴外松永に対し昭和三四年一〇月九日本件建物が同訴外人の所有であり、これを不法に占有していることを認めて同年一一月一五日限り右建物を明渡すことを約したが、その後昭和三六年八月二三日右松永から訴外藤井忠彦を経て本件建物の所有権を取得したので、松永は本件建物の所有権を失い、したがって原告に対する右建物明渡請求権も喪失したことを理由として前記当事者間に争がない旧請求異議の訴を提起したところ、被告は原告が本件建物の所有権を取得した後訴外松永から訴外藤井忠三を経て本件建物を買い受けて所有権移転登記を経由し、次で本件債務名義である前記和解調書の正本に承継執行文の付与を受けたので、被告は形式上訴外松永の有した本件建物の明渡請求権を承継取得したとして、原告の申立により前記旧請求異議訴訟に引受参加し、松永は右訴訟から脱退したこと。

(二)、しかして原告は右訴訟において本件建物の所有権を取得した事実は認められずに敗訴し、これに対し控訴申立をすると同時に本件債務名義に基く強制執行停止の申立をし、その旨の決定を得て係争したが、前記和解調書の和解条項中、原告が金員の支払を約した部分を除いて結局敗訴となり、さらに上告したが昭和四四年一二月二四日右上告申立を取り下げて訴訟は終了し確定したこと(以上訴訟の経過については当事者間に争がない)

を各認めることができる。他に右認定に反する証拠はない。

三、結論

1、以上当事者間に争がない事実および右認定事実によると、本件債務名義に基く本件建物の明渡請求権は同建物の所有権から生ずる物上請求権であって、訴外松永および被告と原告間の債権関係に基くものではないと解するのを相当とし、原告が所有の意思をもって平穏、公然に本件建物の占有を続けた結果取得時効が完成し、または他の原因等により右建物の所有権を取得したというような場合は、その所有権取得に伴い建物の明渡義務も消滅するが、原告主張のように被告または訴外松永が永年の間右明渡請求権を行使しないということのみで右権利が時効によって消滅することはないものといわなければならない。すなわち消滅時効に関する規定は適用されないものと解すべきである。

2、かりに本件建物の明渡請求権が原告と訴外松永間の前記和解により定められたものであるからとして債権であると解するとした場合でも、≪証拠省略≫によれば、原告は旧請求異議の訴を当庁に提起し、当庁から本件債務名義に基く強制執行停止決定を得て執行を停止し、その後原告敗訴の判決と同時に右停止決定も取り消され、さらに東京地方裁判所に控訴を申立て、同時に同庁から前同様の執行停止決定を得て執行を停止していたけれども昭和四四年一一月二六日一部敗訴とともに右停止決定取り消しの判決云渡があったことが認められるのである。したがって被告は原告に対し本件建物明渡についての強制執行は原告の申立による裁判所の執行停止決定によって停止されていたのであるから、その間は特段の事情(被告は保証を立てて裁判所から強制執行の続行命令を得ている等)がない限り、消滅時効は進行しないものと解するを相当とする。何んとなれば一般に債務者または第三者から債権者の有する債務名義に基く強制執行不許を求める異議の訴を提起し、同時に右執行停止の裁判を得て係争中調停、和解などの勧試があったりして意外に審理が長引き、結局異議理由が認められずに敗訴し、同時に執行停止の裁判も取り消されたときは、既に消滅時効の期間が経過して右債務名義による強制執行は不能に帰するという不合理な結果が生ずるからである。したがって原告主張の一〇年の時効期間は前記控訴審判決があった昭和四四年一一月二六日から起算すべきであるから、本件建物の明渡請求権は未だ消滅時効が完成していないことは明らかである。

そうすると前記被告の抗弁およびこれに対する原告の主張について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、民訴法第八九条、第五四八条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤真)

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